「Kanoさん、最近blog更新してないですよね」
突然、仲良くさせてもらっているカメラ友達にそんなことを言われた。確かに最近更新できていない気がする。前回更新しんしたのはいつだったか・・・
「去年の夏です。曇りズマロンの記事です」
最終更新日について管理人である私よりも詳しいとは驚きである(話を聞くと、共通の友達と少し前に最近更新していないよな、といった話をしていたそうな)
確かに確認すると最後の更新は2025年の7月。IIIaが修理から返ってきてズマロンを手に入れたあたりである。
とはいえ、ここんところはオーケストラ活動やら仕事やらで写真的な活動は日常の写真を撮るくらいしかできておらず、新しい機材を手に入れるタイミングもないので更新しようにもネタがないのである。
なんてことをぼやいているとその友人から「僕のヘクトールお貸しするんで記事にしてください」という話に。なんてことだ。
ヘクトールといっても巷で人気なのは73mmや135mmではないかと思うが、お借りすることができたのは50mmである。エルマーの時代に生み出され、沈胴式でエルマー並のコンパクトさでありながら開放f2.5という明るさを持っているレンズで、正直なところ細く長く興味を持っていたレンズではあった。
今の時代でいえば50mmでf2.5なんて暗いレンズの部類に入ってしまうが、1930年ごろでいえば十分「明るいレンズ」に含まれたものであるだろう。
古く明るいレンズであるが故に個体差は大きそうなので、あくまで今回お借りした個体がという前提にはなるけれど(さらに友人はいいものをしっかり見定めて手に入れるタイプなので、状態としてはかなり良い玉だと想定できる)、エルマーのサイズでf2.5なんて相当無理をしているだろうから開放は使い物にならない上に絞っても改善しないような癖玉を想像していたのだが、そんな癖はほぼ感じられず、積極的に使っていきたいと感じさせるレンズであった。
古い明るいレンズであるにも関わらず、開放でも後ボケがややぐるぐるする程度でそこまで酷くはない。以前使っていたズマールも似たような雰囲気になることがあったように思う。開放が0.5違うとはいえ、このサイズでこの癖の少なさは評価できるのではないだろうか。
とはいえ、解像感や繊細さといった面ではやはり古さを感じさせる。ズミクロンのようなくっきりシャープな解像度を求めてはいけない。また、撮影したのが晴れた日だったこともあるが、コントラストはやや高めの印象を受けた。ライカレンズであればもう少しこのハイコントラストの世界を柔らかく捉えてほしい!というシーンもわずかながらあった。(今回、プリントまで追い込めてないのでいつかプリントする時間が取れたら改めて感想をお伝えしたい)
いずれにせよ、そういった絶対的な性能を求めるのであれば素直にズミクロンを選ぶ方が幸せになれるだろうと思う。しかし、エルマーと同時代にこのサイズでこの明るさを実現したロマンは何者にも変え難いものであると思う。
ここ最近ソロキャンプにも手を出しており、その界隈で「必ずしもキャンプをするために必須ではないけれど、気持ちを高めるために必要な道具」のことを「ロマン枠」と呼んでいる。
まさにヘクトールはロマン枠に相当するレンズではないだろうか。










