モノクロで撮るということ その2

Leica

その1はこちら

■前回までの話

モノクロでしか撮らない私が、よく言われる言葉
「なんでモノクロなの?」
これについて私の考えを話そうという企画。

前回は、世間はカラーが標準なので「モノクロで撮る意味」を求められる
というところまでお話した。

■モノクロで撮る意味

「なんでモノクロなの?モノクロで撮る意味って何?」
こう問うてくる人がいる。多くは自分も写真を撮っている方である。
そんな人にはこう問い返したい

「なんでカラーなの?カラーで撮る意味って何?」

railroad crossing

写真は引き算と言われている。
その写真で何を表現したいのか、表現したいものを残し
他のものを削っていくことで、表現したいものを浮き立たせることができる。

構図を工夫して、余計なものを排除する
背景をぼかして、人物を引き立たせる
主役となる被写体を複数置かない

これらは全て、「引き算」をしている

では、なぜ「引き算」が必要なのか?

写真を撮るということは、自分が見た「その瞬間」を残す行動であって
写真を撮ることが習慣になってくると、今度は「その瞬間の感動」を人に伝えたい
そう思うようになってくる(あれ?ならない?)

写真は、そこに写っているものが全てだ。
動きはない、音がするわけでもない、匂いや風を感じることもできない。
だから、「自分の感動」を伝えるためには「自分の感動を生んだもの」を
写真として表現しなければいけない。
(そうじゃない「写真」もあると思う。しかし、私の目指すところはそこなので、
そういった前提で話を進めさせていただく)

そんな中、主役となりうるものがたくさん写っていては、見る人は何を見ていいかわからない

本当に見てほしいものを見てもらえないかもしれない。

青い海に感動して写真を撮ったにも関わらず
写真を見た友人に「この船、面白い形してるね!」と言われてしまっては
「そうじゃないんだよなぁ~!」と、思うのではないだろうか?
(逆に、そういう見方もあるか!という楽しみ方もあるが、それはまた別の機会にでも)

伝えたいものがある
だから「引き算」が必要なのだ

さて、また話が右往左往している気がするけれど

今日はこのへんで。

 

つづく

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